世界には中心がたくさんある

2016年最後のエントリーです。

昨年から今年にかけて仕事でいろいろ葛藤があり、最終的にここ台湾で、アプリケーションエンジニアとしての最終形ををPursue(追い求める)ことにしました。
(関連過去エントリー→「スキルは掛け算で積み上げる」「Positive Demotionを選択する」

そしてこの年末で、台湾に来て早10ヶ月になりました。家族を含め、カルチャーや言語の違いに戸惑うことも多かったですが、QOL(Quality of Life)重視の自分には、やはり日本以外で働くのが向いているかな~と感じます。
もちろん数年後には日本に戻ると思いますが、今はなるべく長くいれるといいな、とも思ってます。

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ところで外国生活は2カ国目になりますが、ある程度住んで、その国の国民性や思考や嗜好が判ってくるにつけ、あらためて感じることがあります。それは、

「その国に住む人達にとって、そこが世界の中心である」ということです。

例えば日本に住んでいる限り、そこを世界の中心として、日本というフィルターを通して、他の国を見ています。
そのフィルターはマインドセットとも言えるかもしれませんね(→関連過去エントリー「強烈な比較体験だけがマインドセットを壊す(年金・医療費の制度変更を考える)」)。
歴史から脈々と引き継がれた、日本という国家観、宗教観、カルチャーの下で、日本人としての世界を生きている訳です。

アメリカ人なんてもっとわかり易く、「アメリカ=世界」ですからね。一生をアメリカから出ずに終える人がたくさんいます。
彼らにとって、アメリカ人の価値観=世界の価値観(大きな勘違い)なので、外国に興味をもったり、住んだりすることは考えない訳です(そうでない人もいますがマジョリティはそう)。

ここ台湾でも、最初は中国人のステレオタイプなパーソナリティを当てはめてみたり、(日本が大好きなんで)日本フォロワー的な色メガネで、台湾人を見てみたりしたのですが、彼らも「政治的に不安定だが、テクノロジーの先進性に恵まれた台湾」という立ち位置を彼らなりに消化して、中国人とも日本人とも違う、「台湾人」という自分達の世界観を生きているんですよね。

たった3カ国に住んだだけで、それぞれ全く異なった世界観を(それが表面上だけでも)感じるのですから、この地球には本当に沢山の“世界の中心”が存在しているのだなぁと。
ムスリムの世界観も、思想として理解は出来なくとも、そういう世界が存在する、という事実はなんとなく受け容れられるようになりました。

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さて、来年は40代も後半戦に突入します。
こんな生活を続けていると、周囲にはいつまでもフワフワしてるなと怒られそうですが、幾つになっても好奇心だけは捨てず、トライandエラーを重ねていきたいです。
そして自分のライフワークとして、これからも出来るだけ多くの“世界の中心”を垣間見たいて思ってます。

2017年もこのブログにお付き合いいただければ幸いです。
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